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新たな古地磁気強度推定方法について ―
鄭 重* 趙 西 西** 上 野 直 子***
Probing and Correcting the Non-ideal Behavior of Magnetic Grains
during Thellier Paleointensity Experiment : A New Method
of Paleointensity Determination
Zhong ZHENG*, Xixi ZHAO** and Naoko UENO***
Abstract
We present a new method of paleointensity determination based on comparing the thermal demagnetization of natural remanent magnetization (NRM) with that of an artificial total thermoremanent magnetization (TRM). Igneous rocks often contain pseudo-single domain (PSD), multidomain (MD), and/or single domain (SD) particles as magnetic remanence carriers under strong magnetic grain (domain) interactions. The magnetic grain interactions have particular disastrous effects on paleointensity experiments, which make determination of paleointensity unreliable. We have critically examined how magnetic grain interactions affect the Thellier experiment, and have developed a new technique for correcting grain-interaction effects in the experiment of paleointensity estimation. The essential point of our experimental method is that by comparing the thermal demagnetization of natural remanent magnetization (δNRM_loss) with that of an artificial total TRM (δTRM_loss) for estimating its paleointensity, rather than that by comparing the remaining of NRM during thermal demagnetization (NRM_remaining) with a progressive TRM_gain in the traditional Thellier-Coe method, which essentially requires the additivity of partial TRM and independence of pTRMs. Using our new method, a mild alternating field (AF) demagnetization pre-treatment is applied to destroy most of the low coercivity remanence, which makes the samples behave more suitebly for a paleointensity study. We also make an apparent paleointensity estimation with pTRM, which is acquired in the perpendicular direction of NRM in a narrow non-overlapping temperature interval and cooled slowly in air. In this way, the non-ideal behavior of samples is detected most sensitively by the discrepancy between NRM loss and pTRM gain. Finally, we employ an artificial total TRM test to elucidate the relation be-tween TRM_loss and pTRM_gain, and to correct interference caused by the non-ideal behavior. We have applied our new method to several representative suites of historical lava flows of known geomagnetic field intensity, and successfully extracted reliable paleointensity with a precision higher than 95% from samples even containing PSD and MD grains.
Key words: paleointensity, Thellier method, non-ideal behavior correction, pTRM measurement, AF pre-treatment, volcanic rocks
キーワード:絶対古地球磁場強度,テリエ法,非理想挙動補正,部分熱残留磁気測定,交流消磁前 処理,火山岩類
I.ま え が き
地球の固有磁場を生成するダイナモ作用の研究 は,コンピュータの計算能力の急激な進歩により 近年大きな進展があり,より現実的な電磁流体ダ イナモを数値実験において検討することができる ようになった。この数値実験の成果によれば,地 球磁場の定常的な維持および地磁気の極性逆転現 象は,地球外核における電磁流体運動によって説 明することができる(Glatzmaier and Roberts, 1995)。地心双極子磁場の逆転は,地球の自転の 変動や核‒マントル境界における熱流束分布の変 動がなくても,電磁流体ダイナモ過程それ自身に おいて自発的に起きうると結論されるに至った。 一方,逆転の頻度は核‒マントル境界における熱 流束分布による影響を受けるという説も提出され ている(Glatzmaier et al., 1999)。ダイナモのエ ネルギー源の見地から,磁場の生成過程は内核の 成長やマントルの熱対流などの地球進化過程その ものと密接に結ばれている。これを解明するため に,過去の地球磁場の情報を詳細に復元すること は,地球科学全体にとって非常に重要な課題の一 つである。例えば地磁気逆転の認められない白亜 紀後期スーパークロンの古地磁気強度の解明は, 非逆転モードの電磁流体ダイナモ・モデルの構築 にとって非常に重要な情報となるであろう。 このような流れの中で,近年古地磁気強度に対 する関心度が高まっている。ところが,過去の絶 対地球磁場強度の測定は,地球磁場の方位の測定 に比べてはるかに困難であり,既存の信頼できる データは限られた一部の火山岩から得られたピン ポイント情報だけである。絶対古地磁気強度測定 の唯一の材料は火山岩である。これを処理する 既存の標準的な古地磁気強度測定法は,ThellierCoe 法である(Thellier and Thellier, 1959; Coe, 1967)。この方法は,実験室内の既知磁場(Hlab) で試料を段階的に加熱して熱残留磁化 TRM (Ti, T0)_gain を与え,その大きさを自然残留磁化 (NRM)の段階熱消磁で消去された部分(NRM (Ti)_loss と呼ぶ)と比較することにより,絶対古 地磁気強度(Han)を推定する。この方法の特徴 から以下の 3 項目が古地磁気強度推定の前提条 件として要求される。 1.重なっていない温度区間で獲得した部分熱残 留磁化(pTRM)の間に加法則が成り立つ。すな わち pTRM (T1, T0)+ pTRM (T2, T1)+ ....... + pTRM (Tn, Tn-1)= TRM (Tn, T0) 2.別々の温度区間で獲得した pTRM が独立し分 割できる。すなわち pTRM (T2, T1)は T1 以下 の温度で安定であり,T2 以上の温度で消磁で きなければならない。 3.印加磁場中で獲得した熱残留磁化の強度はこ の印加磁場強度に比例する。 これらの条件を満たす強磁性粒子の挙動を“粒 子の理想挙動”と呼ぶ。Néel(1949)の理論は 孤立した単磁区粒子(single domain, SD)群が この粒子の理想挙動のもとで熱残留磁化を獲得す ることを証明した。しかし,自然界に存在する通 常の火山岩では,この前提条件を完全に満足する ケースはむしろ希である。通常の火山岩においては,単磁区粒子が擬似単磁区(pseudo-single domain, PSD)ないし多磁区(Multi domain, MD) 粒子と共存するか,あるいは単磁区粒子がほと んど存在していないことが多いためである。こ の場合,Thellier-Coe 法を単純に適用しても信 頼しうる古地磁気強度を求めることはできない (Levi, 1977; Xu and Dunlop, 1994)。最大で真の 値の 2 倍もの絶対古地磁気強度が測定される例 が相次いで報告されている(例えば, Tanaka and Kono, 1991; Tanaka et al., 1995; Hill and shaw, 2000; Calvo et al., 2002; Yamamoto et al., 2003; Mochizuki et al., 2004)。単磁区粒子が多く含ま れている試料を厳選することは,当然一つの対処 方法である。例えば,単磁区粒子が多く含まれ る斜長石の単結晶(Cottrell and Tarduno, 2000) や SBG(Submarine Basaltic Glass)などが考 えられる(Pick and Tauxe, 1993; Smirnov and Tarduno, 2003)。しかし,この種の試料は産出 が限定的であり,かつ仮に得られたとしても通常 は試料のサイズが極めて小さいため測定誤差が大 きい。従って,根本的な解決方法としては実験方 法の改良が必須である。すなわち,自然界に産す る普通の火山岩から正確に古地磁気強度を求めら れる方法の開発が熱望されている。 古地磁気強度のもう一つの測定法は,人工熱残 留磁化と自然残留磁化の段階交流消磁結果同士を 比較する Shaw 法である(Shaw, 1974)。この方 法は pTRM 加法則と pTRM 独立性の二つの前提 条件が全く不要であり,擬似単磁区や多磁区粒子 が含まれる試料にも適用できる可能性がある。し かし,人工熱残留磁化の獲得のためには,強磁性 鉱物の化学変化をしばしば伴うキュリー点以上ま での加熱が要求されるため,Shaw 法はあまり広 く採用されていない。Shaw 法の欠点である高温 での化学変化を補正するために,いくつかの方法 が提案されている。Rolph and Shaw(1985)は ARM(非履歴性残留磁化)補正法を提案したが, この方法に対する批判は強い(Kono 1987; Vlag et al., 2000; Juarez and Tauxe, 2000)。最近,低 温消磁 2 回加熱補正法が提案され,成功した実 例が報告されている(Tsunakawa et al., 1997; Yamamoto et al., 2003)。こうした試みはあるも のの,化学変化を回避できる最善の方法は,テリ エ法の実験方法そのものの改良である。 非理想挙動を示す粒子の顕著な特徴の一つは, ある温度 Ti まで一旦加熱されてから Ti-1 まで定 常磁場,Ti-1 より室温まで無磁場環境で冷却する 過程において獲得された部分熱残留磁化 pTRM (Ti, Ti-1)において,着磁の上限温度 Ti までの熱 消磁で消去できない部分(pTRM tail という)お よび,着磁の下限温度 Ti-1 より低温の熱消磁で その一部分が消去されてしまう部分が存在するこ とである(Dunlop and Ozdemir, 2000)。すなわ ち,消磁温度(unblocking 温度という,Tub)が 着磁温度(blocking 温度という,Tb)と同一で なくなる現象である。Fabian(2001)はこの現 象に着目して,Tub が Tb のある Cauchy 関数で あると仮定し,数値シミュレーションを行った。 彼の主要な結論は,人工熱残留磁化と自然残留磁 化の段階熱消磁結果同士を比較すれば,絶対古地 磁気強度の推定は,PSD ないし MD 粒子を含む 場合にも適用できるというものである。しかし, この人工熱残留磁化の獲得は Shaw 法と同じよ うにキュリー点以上の加熱が要求される点が問題 である。 我々は,粒子の非理想挙動の原因を考察した上 で,上記の問題に対処できる実用的な古地磁気強 度推定方法を以下に提案する。
II.新しい方法における改良の要点
標準テリエ法は,全量ではなく部分的な熱残留 磁化を用いて NRM と比較するため厳しい前提条 件が必要で,通常の火山岩に適用されると問題が 生じる。しかし,キュリー点(Tc)以上の温度ま で加熱して熱残留磁化の全量(total TRM)を与 え,その大きさを NRM と比較することにより絶 対古地磁気強度を推定すれば,加法則と pTRM 独立性の二つの前提条件は不要となるはずであ る。Day(1977)は,チタノマグネタイトの粒 子サイズを均質化した試料について熱残留磁化 の獲得カーブを求めた。地球磁場程度の弱い印 加磁場(< 1 mT)下で獲得された TRM の強度は,粒子サイズが小さい(< 6 μm)場合,ほぼ 印加磁場の強度に比例する。この場合,理論的に NRM(total)より未知の磁場(Han)が求めら れる。
一般的に近接する強磁性鉱物粒子の間に相互作 用が存在し,その TRM の unblocking 温度分布 (δTRM_loss,重複しない温度区間について熱消 磁で消去された残留磁化の分布)は外部印加磁 場によって微妙に変化する。しかし,Hlab が Han に十分近ければ,ほぼ同じパターンの unblocking 温度分布が期待できる。すなわち,δNRM (total)_loss はδTRM_lab (total)_loss と比例する。 よって,下記の式が成り立つ。
次に上記の式(1)に基づき,非理想挙動が補 正された古地磁気強度 Han の実用式を導く。簡 単 の た め に, こ れ 以 後δNRM (total)_loss を δNRM と,δTRM_lab (total)_loss をδTRM と記す。また, NRM と TRM に対する段階熱消 磁を行う際に,消磁された重複しない温度区間 に部分残留磁化(pTRM)を着磁し,それぞれ pTRM1 と pTRM2(blocking 温度分布)を得るこ とにする。TRM_lab(total)を獲得する過程にお いて強磁性鉱物の化学変化がなければ,pTRM2 は pTRM1 と等しい。よって,
式(2)の必要条件として,(ア)NRM は完全 に TRM 起源であること,(イ)TRM_lab(total) を獲得する過程において,強磁性鉱物の化学変 化がないこと,(ウ)Hlab を Han に十分近づける ようにすること,(エ)熱残留磁化の全量(NRM (total)と TRM_lab(total))は外部印加磁場へほ ぼ線形的に依存すること,という 4 点が満たさ れねばならない。式(2)を用いれば,以下の利 点が挙げられる。 第一に unblocking 温度分布同士を比較する本 方法は,粒子の非理想挙動を補正し,unblocking 温度分布= blocking 温度という仮定をする 通常のテリエ法より根本的に優れている。式(2) は粒子の非理想挙動を補正するものである。理 想 挙 動 を す る 粒 子 の 場 合,δTRM = pTRM2 のため,上記の式は微分式のテリエ法になる。 δTRM/pTRM2 の比は粒子の非理想挙動を反映 するパラメータである。我々は以下のように試料 を分類する。δTRM/pTRM2 の比が 1 になる粒 子群をSD-like粒子群と呼ぶ。PSD-like粒子群は, そのδTRM は pTRM2 と差があるものの,補正 で正確に古地磁気強度を求めることが可能なもの をいう。一方 MD-like 粒子群は,そのδTRM は pTRM2 との差が大きいため,補正が大きい誤差 をもたらすものとする。 第 二 に,δNRM とδTRM の 比 較 を 行 い 比 例しない部分を棄却することにより,NRM の TRM 起源の部分だけを適切に判定・選択するこ とが可能となる。例えば,地球磁場に晒されるこ とにより二次的に獲得した粘性残留磁化(VRM) や,キュリー点以下の温度で強磁性鉱物が成長 しながら獲得した熱化学残留磁化(TCRM)は, 磁場強度との関係が TRM とは異なるため,その unblocking 温度分布が TRM のそれとは異なる。 比例しない部分は VRM あるいは TCRM とみな して棄却する。 第三に,pTRM2 が pTRM1 と等しいかどうか により,実験中に強磁性鉱物の化学変化があるか どうかを確認できる。 我々はさらに,上記の方法を実際の試料に適用 する際によりよい結果を得るための実験技術を提 案する。 まず,10 ~ 20 mT 程度の部分交流消磁の前処 理を実施し,式(2)で補正できない多磁区粒子 などの低い抗磁力を有する粒子の影響を抑制する。また,この前処理で,NRM に含まれる低い 抗磁力を有する二次的な粘性残留磁化を取り除く ことが期待できる。
次に,再現性のよい pTRM を獲得させるため pTRM(Ti, Ti-1)の着磁方法を吟味する。標準 テリエ法では理論的に NRM のベクトルと平行に TRM(Ti, T0)を着磁するよう勧めているが,我々 の方法では,NRM のベクトルと直交する方向へ 重複しない温度区間で pTRM (Ti, Ti-1)を着磁 する。この着磁方法にはいくつかの利点がある。 主要な点は,(ア)NRM の方向と直交するため, NRM により生じた内部磁場の影響を避けられる ことが期待できる。岩石そのものの内部磁場に よって獲得された磁化のバルク平均値は NRM と直交する方向には 0 と期待できるからである。 (イ)微分的に pTRM を分けて測定した方が,積 分的に TRM を測定して pTRM を計算するより も高い信頼度が得られる。着磁する温度区間で試 料を均等冷却することが時間的に可能となる。強 制冷却は試料に温度勾配をもたらし,先に冷却し た部分の残留磁化は内部磁場を生じ,高温部分の 残留磁化の獲得時の磁場を擾乱するためである。 (ウ)部分熱残留磁化 pTRM(Ti, Ti-1)を上限温 度 Ti で熱消磁して残った pTRM tail((Ti, Ti-1), Ti)は NRM の測定に影響がないため,実験上の 撹乱要素を未然に防ぐことができる。一般的に pTRM tail の抗磁力は小さい場合が多いため交流 消磁前処理でその大半を消去することができ,ま た,pTRM tail の unblocking 温度は blocking 温 度からのズレが高くないので次のステップ Ti+1 温度でほとんど消去されてしまう。このようにし て我々の実験方法では,他の磁気的要素からほぼ 独立した pTRM 分布が得られる。 最後に,いかに強磁性鉱物の化学変化を引き起 こすことなく TRM_lab(total)を獲得させるか が実験上の重要なポイントである。ほとんどの火 山岩は,真空環境におかれてもキュリー点以上で の加熱に伴って高温酸化が起こり,強磁性鉱物が 変化してしまう。我々が考案した対処方法とし て,NRM を強磁性鉱物の熱化学変化が起こる以 下の温度(Tn)までまず段階熱消磁と着磁(pTRM1 (Ti, Ti-1))を行い,古地磁気強度を抽出するた めの実験データを取得する。次に,消去した自 然残留磁化 NRM (Tn)_loss に近い TRM(Tn, T0, Hlab)を着磁させ,粒子の挙動を解明するための TRM test 実験に用いる。つまり古地磁気(Han) の強度と方向に近い人工磁場(Hlab)を印加する。 すなわち
ここで,NRM (Tn)_remaining は温度 Tn での消 磁時に残った自然残留磁化である。NRM (Tn)’ _remaining は温度 Tn での着磁時に残った自然残 留磁化である。両者の差は通常無視できるぐらい 小さいと考えられる。TRM_lab (total)と NRM (total)の間に明らかな違いがある場合,式(1) で計算された Han で TRM を着磁し直す。得られ た TRM_lab (total)を新たな“NRM”として, 再度段階熱消磁と着磁(pTRM2 (Ti, Ti-1)を行 う。pTRM1 = pTRM2 かどうかによって化学変 化の発生を確認する。このやり方は,高 Tub 粒子 の磁化 NRM (Tn)_remaining から低 Tb 粒子の残 留磁化の獲得時の磁場を擾乱する効果,つまり粒 子間の相互作用を考慮したものであり,TRM_lab (total)に近いものを獲得させることができるわ けである。我々の論点は,近接した粒子間の相互 作用が粒子の非理想挙動を引き起こす主要な原因 であり,岩石そのものの内部磁場によって獲得さ れた磁化のバルク平均値は NRM と直交する方向 には 0,平行方向に最大と期待できる点にある。 NRM と平行方向に TRM (Tn, T0, Hlab)_gain を獲 得させるなら,粒子間の相互作用の効果を考慮 し,TRM_lab (total)に近い磁化を獲得させるこ とができると考えられる。 しかし,式(3)がうまく機能しない可能性 として残るのは,火山岩がキュリー点(Tc)以 上の高温から温度 Tn までの冷却過程において獲 得した,温度 Tn における NRM((Tc, Tn), Tn) _gain が,実験室で再び温度 Tn まで加熱後残った NRM (Tn)_remaining と異なる点である。NRM (Tn)_remaining には,NRM ((Tc, Tn), Tn)_gain の 残った部分以外に,温度 Tn までの熱消磁で消去 できなかった NRM (Tn, T0)_gain の tail の部分 もある。この NRM tail ((Tn, T0), Tn)の部分は, Tn からスタートする TRM_lab(total)を獲得す るための初期値のずれ部分として最終結果の獲得 に影響が出る可能性があるが,高温 Tn における 残った NRM ((Tc, Tn), Tn)_gain に溶岩ができた 当初のものと比べて変化があるかどうかは主要な 問題であると考えられる。我々の実験によりこの 変化がある証拠を見いだした。すなわち“低温侵 蝕効果”である。“低温侵蝕効果”は今回の研究 で見いだし命名した現象であり,残留磁化がその unblocking 温度より低い消磁温度において消磁 温度を維持する時間(hold time)が長いほど多 く残留磁化が消去される点で特徴づけられる。通 常 hold time を 90 分程度にすれば残った熱残留 磁化は大体安定となる。それにより,この NRM ((Tc, Tn), Tn)_gain は“低温侵蝕効果”で減衰され, 低温粒子への作用が弱くなると考えられる。MDlike 粒子群の場合,この“低温侵蝕効果”が大き いと推察される。従って,MD-like 粒子群の影響 をできる限り除く工夫をする必要が生じる。幸い に PSD-like 粒子群の場合,高 Tb 粒子群から低 Tb 粒子群への作用効果そのものは,その直下の 温度範囲の粒子に影響を及ばすことに留まり,よ り低温の部分にほとんど影響しないらしい。その 代表例は後ほど紹介する。 後述の応用例で紹介するように,我々の方法を 歴史溶岩に適用し,δTRM/pTRM2 が 0.5 ~ 1.5 をもつ温度区間のデータを用いることにより,期 待値からの誤差が 5%以内という非常に信頼度の 高い古地磁気強度を求めることに成功した。すな わち,0.5 <δTRM/pTRM2 < 1.5 の温度区間の データを用いるなら粒子の非理想挙動の補正が可 能であり,信頼できる古地磁気強度が得られる。
III.新しい pTRM 実験法の具体的手順
我々が提案する実験法の具体的な手順を(1) から(9)の段階に分けて述べる(図 1 参照)。
(1)NRM を測定する。10 ~ 20 mT 程度の交流 消磁の前処理を実施し,低い抗磁力粒子の影響 を抑制する。
(2)NRM を室温から Ti まで加熱する。その際 直流磁場はもちろん,電気炉の交流磁場による 撹乱要素も未然に防ぐために,できる限り無交 流磁場の環境を作る。残った磁化を安定させる ために,温度 Ti になった時点よりさらに 90 分 程度この温度を維持した後,無磁場空間におい て強制冷却を行う。10 ~ 20 mT 程度で交流消 磁した後で残留磁化を測定する。
(3)測定誤差を考慮して,適当な温度間隔(Ti, Ti-1)を選択する。通常この温度区間で NRM の loss が NRM 残存量の 10%程度になるなら 特に問題はない。通常の温度間隔は 10 ~ 50℃ である。
(4)NRM と直交する方向に pTRM (Ti, Ti-1)を 着磁し,固有 blocking 温度分布(pTRM)を 得る。室温から Ti まで無磁場中で加熱して, 自然冷却あるいは低定速率での冷却が行われ る温度区間 Ti ~ Ti-1 のみで定常磁場 Hlab によ り NRM と直交する方向に pTRM を着磁する。 温度 Ti-1 から室温までは無磁場中で強制冷却 する。10 ~ 20 mT 程度で交流消磁を行う前後 に pTRM を測定する。
(5)実験手順(2)~(4)を強磁性鉱物の化学変 化が起こらない程度の温度域で繰り返し,なる べく多数の温度区間でデータを得る。
(6)温度区間ごとに見かけの古地磁気強度を計 算する。各温度区間に消去された NRM_loss (δNRM, unblocking 温度分布)を同温度区間 に得た pTRM1(blocking 温度分布)で除し, 印加した人工磁場 Hlab を乗じて,見かけ古地 磁気強度を計算する。すなわち,blocking 温 度順で粒子全体を n 集団に分割し,それぞれ の集団から見かけ古地磁気強度を得る。
(7)pTRM とδNRM の変化パターンが類似する 場合,古地磁気強度推定を行う試料として有望 である。一方,両者の変化パターンに大きい差 異がある場合,古地磁気強度測定試料として適 切ではなく,実験を中止する。
(8)実験手順(7)において有望と判定された試 料について,人工 TRM test を行い,δNRM と pTRM のずれの関係を求めて,見かけ古地 磁気強度を補正する。この TRM は,なるべく 強磁性鉱物の化学変化(高温酸化)が起こる以 下の温度で,消去した NRM の部分残留磁化を 置き替えるように獲得させる。つまり古地磁気 の強度と方向に近い人工磁場を印加する。この TRM に部分的に置換された“NRM”を新しい NRM とみなし,最初の NRM に行った段階熱 消磁・着磁実験(実験手順(2)から(5))と同 じプロセスで実験を行い,δTRM と pTRM2 を求める。
(9)pTRM の再現性があり(pTRM1 ≒ pTRM2), かつ NRM が熱残留磁化のみであり(δNRM がδTRM と比例する),さらに 0.5 <δTRM/ pTRM < 1.5 の温度区間のデータだけを用い, 式(2)によって非理想挙動を補正した古地磁 気強度を計算する。
IV.検証実験結果
本実験方法の有効性を表 1 に示す歴史溶岩を 用いて検証した。実験は全て綜合開発株式会社地 球科学事業部古地磁気実験室で実施した。残留 磁気測定と交流消磁は,それぞれ AGICO 社製の JR-5A 型スピナー磁力計と LDA-3A 型交流消磁 装置で行った。熱消磁と着磁は,この実験のため に自社で開発した fTD 型熱消磁装置を用いた。
1)理 想 挙 動 を 示 す 例(Mexico City 溶 岩, Hawaii1935 溶岩)
Mexico city 溶 岩 試 料 M15-5 と Hawaii 1935 溶岩の新鮮な試料 HA12-3 を用いた。ただし, 試料 M15-5 については,その NRM として人工 Total TRM を用いた。2 試料とも粒子の理想挙動 を示した。得られたδTRM/pTRM はほぼ 1 であ り,微分式のテリエ法で得られた見かけ古地磁気
強度は,(2)式で補正された古地磁気強度と同 じであり,地磁気観測データとよく一致すること が明らかである(表 1 参照)。
2)非理想挙動を示す例(大島溶岩)
非理想挙動を示す代表例としては大島 1986 年 溶岩があり,これについて以下に詳細に紹介す る。 大島三原山カルデラ内の LA 溶岩(火口 A)か ら 2 ブロックの試料(805 と Stop 6)を採取した。 研磨試料を走査型電子顕微鏡にて観察すると,い ずれの試料中の強磁性鉱物も繊細な骨組み構造を 示す粒径 1 ~ 2 μm 程度の微細なチタノマグネ タイトであり,このような繊細な骨組み構造を示 す粒子群は試料全体に点在して分布する。急冷さ れてできた溶岩であると判断できる。 あらかじめ NRM をほぼ完全に消磁しておいた 試料 805-1B を用い,その非理想挙動を調べた。 図 2 は高い blocking 温度(Tb:340℃~ 360℃) 粒子集団から低い Tb(220℃~ 340℃)粒子集団 の unblocking 温度分布への影響を示す。試料を
強磁性鉱物の化学変化が起こる以下の温度で 2 回 着磁した。第 1 回目の TRM_1(340℃,220℃, 50 μT)は上限温度 340℃から下限温度 220℃ま で 50 μT の定常磁場で自然冷却を,220℃より 室温まで無磁場空間で強制冷却を行うことによ り獲得させた。この TRM_1 について段階消磁を 実施し,unblocking 温度分布δTRM_1 を調べ た。参考のため,消磁された温度区間で TRM_1 と直交する方向の pTRM(Ti, Ti-1, 50 μT)も 測定した。第 2 回目の TRM_2(360℃,220℃,
50 μT)は上限温度を 360℃に上げた点のみが 異なる。残留磁気を測定する度に 10 mT の交流 消磁前処理を実施した。TRM_1 と TRM_2 との unblocking 温度分布の違いは,高い blocking 温 度(Tb:340℃~ 360℃)粒子集団から低い Tb (220℃~ 340℃)粒子集団の unblocking 温度分 布への影響を反映する。図 2 に示されたように, この高 Tb 粒子集団による擾乱はその直下温度範 囲(300℃~ 340℃)の粒子集団に留まり,より 低い Tb 粒子集団へほとんど影響を及ばなかった。 すなわち,300℃より低温の粒子集団は 340℃~ 360℃の高温粒子集団と独立している。
図 3 に同様のことを別の実験で示す。今回 は 試 料 805-1B の blocking 温 度(Tb) 分 布 と unblocking 温度(Tub)分布について検討した。 360℃~ 330℃の温度範囲で 50 μT の外部磁場 で着磁した pTRM(360℃,330℃)について, 段階熱消磁を行った。Blocking 温度分布(360℃, 330℃)に対して,Tub は 330℃より低いものも あれば,360℃より高いものもある(図 3(A))。 す な わ ち,blocking 温 度 と unblocking 温 度 が 一致しない(Tub ≠ Tb)。しかし,このズレはほ ぼ上下 40℃範囲に留まる。300℃より低温では, pTRM(360℃,330℃)の影響を受けていない。
熱消磁において,hold time を変えて,試料 805-1B の“低温侵蝕効果”についても調べた。 その結果も図 3(A)に示す。Hold time という のは,試料を消磁目標温度に達してからさらに維 持する時間である。1 インチコア試料の中心温度 と縁の温度を一致させるためには,溶岩であれ ば通常 15 分で充分である。今回は,それぞれ 25 分と 120 分とした。120 分加熱した後は試料の 残留磁気の減衰が完全に止まった。図 3(A)に 示されたように,この残留磁気の減衰が発生した 温度範囲は,Tub ≠ Tb の温度範囲と一致する関 係が示された。
上限温度の 360℃の熱消磁で消去できない残 留磁気は pTRM tail である(Tub > Tb)。着磁の 下限温度を下げて,複数の pTRM tail を獲得さ せ,それぞれの抗磁力を交流消磁実験によって調 べた。いずれの場合も,pTRM tail の担い手は 20 mT より弱い抗磁力を有する粒子が多いこと がわかった(図 3(B))。
この結果から,交流消 磁前処理によって pTRM tail の大部分を有効に 消去できる。また,図 3(B)から次のような情 報も読み取れる。着磁の下限温度を下げてより広 い温度範囲で獲得させた pTRM tail は最大 20% しか増加していない。この pTRM tail の挙動は 300℃より低温の粒子集団が 340℃~ 360℃の高 温粒子集団とほぼ独立していることから説明でき る。狭い温度範囲で得られた Tail/pTRM の比は 広い温度範囲のそれよりはるかに大きいため,微 分テリエ法は通常のテリエ法より敏感に粒子の非 理想挙動を反映する。
このような非理想挙動を示す試料を用い,新し い古地磁気強度測定法の有効性を検証してみた。 図 4 に三つの代表例を示す。
大 島 溶 岩 試 料 805 の 同 じ コ ア か ら 2 試 料805-1A と 805-1B を切断した。805-1B は TRM test に用いた:室温から 380℃に加熱し,25 分 380℃で維持してから,NRM と同じ方向に 50 μT 磁場をかけて,室温まで自然冷却した。 この処理で 380℃以下の Tub をもつ粒子の NRM は完全に人工 TRM で置換された。それから,こ の 805-1B について 805-1A 試料と同時に段階熱 消磁・着磁を 380℃まで行った。得られた結果 は図 4(A)と(B)に示した。いずれの試料か らも温度範囲(210℃,340℃)の 5 区間におい て,まとまりがよい見かけ古地磁気強度が得られ た。試料 805-1B は 50 μT の印加磁場で獲得し た TRM から 62 ± 3 μT の見かけ古地磁気強度 を得て,試料 805-1A の NRM から 59 ± 4 μT の見かけ古地磁気強度を得た。これらの 2 試料か ら得た pTRM の分布は温度範囲(210℃, 340℃) において等しいため,試料 805-1B の結果を用 い,試料 805-1A の結果を補正しても問題がない と判断した。式(2)により補正された古地磁気 強度は 47 ± 3 μT である。
弱い抗磁力の粒子ほど,非理想挙動が顕著であ るが,交流消磁前処理は弱い抗磁力の粒子に担わ れる残留磁化を消去できるため,より強い交流消 磁前処理によって粒子の非理想挙動を改善でき るかという点を検討した。大島溶岩試料 Stop6- 2A と試料 Stop6-2B に対してそれぞれ 50 mT と 30 mT の交流消磁前処理を行ったところ,いず れの試料からも非常によく似た結果が得られた。 粒子の非理想挙動がほとんど改善されず,高い抗 磁力の粒子集団も非理想挙動を示した。図 4 に Stop6-2B の結果を示す。
大島溶岩 Stop6-2B 試料は 380℃まで段階熱 消磁・着磁を行った。その結果を図 4(C)に示 す。380℃まで段階熱消磁で,約 92% NRM が消 去された。従って,380℃以上の Tub 粒子がもつ NRM そのものは小さいため,TRM_lab(total) の獲得への影響が一層小さくなる。TRM test の 結果を図 4(D)に示す。NRM と TRM test か ら得られた見かけ古地磁気強度は,低温の区間 から高温の区間にいくに従い,急激に減少して いる。50 μT の印加磁場で獲得した TRM_lab (total)から得た見かけ古地磁気強度の平均値は 48 ± 16 μT で,NRM から得た見かけ古地磁気 強度は 45 ± 14 μT である。これらの見かけ古 地磁気強度は± 16 μT,± 14 μT と偏差が大き いが,補正をした結果,収束した古地磁気強度, 47 ± 2 μT を得た。
大島溶岩試料 Stop6-1C は 400℃まで段階熱 消磁・着磁を行ってから,TRM test に用いた。 400℃までの段階熱消磁では 85%の NRM が消 去されたが,まだ 15%程度の NRM が残留し た。ほぼ全温度範囲 260℃~ 400℃において, pTRM1 と pTRM2 がよく一致する分布を得た。 しかし,最高温度範囲 360℃~ 400℃でδNRM 曲線がδTRM 曲線の変化傾向と異なる。我々が これまでに行ってきた実験例では,キュリー点 (Tc)以下で着磁した TRM test のほとんどの場 合において,こういった傾向が観察された。これ は前述した,近接した強磁性粒子間の相互作用 を考えることにより説明できる。すなわち,Hlab と Han との差異が大きい場合も一つの要因とな るが,今回の場合は NRM の“低温侵蝕効果”も しくは pTRM tail 効果が大きな要因であると考 えられる。幸いに,この影響はその直下の温度 範囲 360℃~ 400℃の粒子に影響を及ばすこと に留まり,より低温の部分 260℃~ 360℃には ほとんど影響しなかったらしい。δNRM 曲線は δTRM 曲線とほぼ調和的である。よって,これ らの区間のみのデータを古地磁気強度の推定に採 用した。50 μT の印加磁場で得た TRM から得 た見かけ古地磁気強度の平均値は 44 ± 2 μT で あり,NRM から得た見かけ古地磁気強度の平均 値は 42 ± 2 μT である。補正された古地磁気強 度は 48 ± 2 μT である。
3)実験結果と観測値との比較
大島 1986 年溶岩の試料から得られた古地磁気 強度は,補正前には試料によってかなりばらつき が認められた。補正後はよく収束し,5 試料の平 均値は 48 ± 1 μT である。これは,本研究で提 唱する新しい実験・補正方法の有効性を立証した といえる。大島における 1986 年の地磁気全磁力 は,噴火前後の IGRF2000 と IGRF1985 によって計算された値によれば,いずれも 46 μT で ある。しかし,大島の溶岩は磁化強度が大きく, 3000 ft 高度の航空磁気異常が最大 2.6 μT ほど である。我々が試料を採取した地点,三原山カ ルデラ内の LA 溶岩(火口 A)の航空磁気異常は 1 μT 程度である(Nakatsuka et al., 1990)。ま た,Mochizuki et al.(2004)が溶岩 LC 付近の 地表で測定した全磁力は 47 μT であった。そこ での航空磁気異常は地表の 40%の 0.4 μT 程度 である。従って,LA 溶岩付近の地表磁気異常は 航空磁気異常の 2 倍の 2 μT 程度である可能性 が高い。すなわち,本実験方法から推定された 5 試料の平均全磁力推定値 48 ± 1 μT は実際の地 磁気観測値とよく一致する。
V.今後の課題
以上の検証実験結果は,明らかに非理想挙動 を示す擬似単磁区試料の場合でも,本実験方法 を適用することにより,古地磁気強度推定に用 いることができる好例を示している。この実験方 法では,理論的に total TRM の外部印加磁場へ の線形依存性のみが要求され,従来の実験方法に 比べて要求される前提条件が少ないという利点が ある。擬似単磁区サイズ以下の粒子は間違いな くこの前提条件を満足する。一方,多磁区粒子 を多く含む試料は顕著な非理想挙動を示すため, 適切な試料の選定が必要であるが,δTRM_loss/ pTRM_gain の値が大きいものを排除すればよい。 しかし,いかに強磁性鉱物の化学変化を引き起こ すことなく TRM_lab (total)を獲得させるかが実 験上の重要なポイントである。改良要点の章での 式(3)はこの獲得方法を提案したが,明らかに 多磁区粒子の場合には適用できない。我々の理論 からは,単磁区ないし擬似単磁区粒子群の場合, 式(3)で得られた TRM_lab (total)は,強磁性 鉱物の化学変化を引き起こすことなくキュリー点 からの冷却過程で獲得された理想の TRM 全量と 比較すれば,温度(Tn)上下の温度区間において ズレが起こる可能性があるが,それより低い温度 範囲ではほとんど違いがないと推察される。今回 の実験上で,δTRM_loss/pTRM_gain の値が 0.5 ~ 1.5 の範囲の値をもつ擬似単磁区粒子群であれ ば,古地磁気強度推定上ほとんど問題がないこと を示した。しかし,MD-lke 粒子と PSD-like 粒 子との区分基準はまだ確立されていない。この区 分基準を決めるδTRM_loss/pTRM_gain の値につ いては,今後の研究課題である。